お侍様 小劇場 extra

    “お炬燵(コタ)、ぬくぬくvv” 〜寵猫抄より
 


 もったりとサラサラの丁度狭間の、具合のいいとろとろ。そんな粘度に溶いた小麦粉の衣
(ころも)ダネに、とぽりとひたしたは、まずはのレンコン。具材が露をまとっているようならば、小麦粉をハケで撫でつけておくと良いんですよなんて話をしつつ。輪切りのレンコンを太めの菜箸で器用に泳がせ、ひょいと引き上げると。ポタポタ落ちる余分なタネをボウルの中に切ってから、さりげないようで、でも、溶き粉をひとしずくたりとも落とさぬ上手な呼吸で。既に十分な温度になっていた天ぷら鍋へ、そりゃあなめらかに投下。すると、しゅわっという生きのいい鋭い音がし、そのまま、囁きのような しゅわしゅわしゅわが、いつまでも長々と続く。

 「……っ、!」

 流れるような手際に見とれていた間は、それを真似るかのようにゆるやかに揺れていたお尻尾が。揚げ油へのタネの投下のしゅわっという音へは、いかにもビックリしましたと語るよに、硬直しかけての びくくっと跳ね上がり。柔らかそうな金髪の頭に乗っけたお耳までもが、ぴくぴくっと大きく震えたのが…判りやすいやら愛らしいやら。


  ―― ? 揚げ餅って何だ?


 新年のご挨拶とそれから。七草粥に使って下さいと、カンナ村の春の七草をわざわざおすそ分けにと、お土産にお持ち下さった小さなお客様。大みそかから年明けの数日ほどは留守にしますのでという、こちらの予定は前以て伝えておいたのだけれども。それでも…居ないと判っていても、1日置きくらいには様子見に来てくれてたらしきキュウゾウくんで。

 『何で判るのか、と訊くか?
  それはな、儂が千里眼の持ち主だからだ。』

 『うわあっ! 勘兵衛、すごいっ!』
 『にゃっ、にゃにゃにゃっ!』

 凄い凄いと真っ赤なお眸々を見開いて驚いた、カンナ村のキュウゾウくんの驚きっぷりへ。当家の坊やもご一緒に、よく判らぬ身だろうに、小さなお口をぱくぱくさせている。そんな二人を目許たわめて見守っていたもう一人の大人様、

 『信じちゃいけません。勘兵衛様のホラですよ。』

 どうぞお上がりなさいと、リビングの大きな掃き出し窓のすぐ傍らへ、お膝をついてという丁寧さで迎えてくれた七郎次が。素直に驚く小さな和子らへ、執り成すようにそうと告げ。

 『庭先には留守中に小雨が降ったらしい跡があったのに、
  祠にお供えしたお餅は濡れていなかったから。
  ああこれは、降った後に誰かが来て、
  濡れていたのを丁寧に拭ってくれたんだろって。』

 そんなこんなを昨夜私らへと話してくれたんですもの、ちゃんと、こうなってたから こうっていう筋道立てて推量したくせに。神憑りな“千里眼”はないでしょうよと、やや斜
(ハス)に構えた眼差しつきで、あっさりとすっぱ抜いた七郎次だったのへ。そうとツッ込まれることもまた織り込み済みか、勘兵衛の方でもまた、“ふふ”とやわらかく微笑って見せるものだから。

 『……なぁんだ。』
 『にゃぁ〜にゃ。』

 からかわれたんだと、ちょっぴり むうとしながらも、目許を眇めたのも いっとき。自分のすぐお隣りで、同じようなお顔をしようとし、頬をぷっくりと膨らませた小さな久蔵なのへと気がつくと、

 “わわ♪”

 何だろなんだろ、ああそうだ。シチが囲炉裏で焼いてくれたお餅みたいvv なんて可愛らしい“怒ったぞ”の真似っこかと、キュウゾウくんのお胸が きゅううんっと暖かくなり。小さな小さな“むむう”なんて、あっと言う間にどっかいったほど。上がらせていただいたリビングには、昼間っからうずたかく積まれた布団があって。陽あたりのいい内に干してるのかなと小首を傾げたキュウゾウくんは、そういえば…囲炉裏のあるお家に住まわっているそうだから、

 “ああ、そかそか。”

 今度はそちらへの“はてな?”へ、先んじて合点がいった七郎次。純和風の暮らしをなさっておいでだからと言って、和風の風物への知識や把握が何でも一緒とは限らない。

 『これはね、炬燵っていうんですよ?』
 『こたつ?』

 ええ、やぐら炬燵といって、机や卓の中に暖かい工夫があって、それで暖めた空気を逃がさぬようにと綿入れを掛けてある。

 『傍に座って、そのまま足を延ばしがてら突っ込んでご覧なさい。』
 『うっと………あっ。』

 言われた通りに座ってみた坊や、外にいた冷えがじわりという温みにくるまれたのへ、そりゃあ素直に わあと驚いてみせ。

 『面白いなぁ〜。』

 囲炉裏がないお家にはこういうのがあるんだ、凄い凄いと。やっぱり素直に感心して見せるところが何とも愛らしい、キュウゾウ坊やの傍ら目指して、

 『にゃっ、にゃぁにゃvv』

 お茶の支度を運んで来た七郎次の足元、微妙によたよた、自分の手元を懸命に見据えつつ、やって来たのがこちらの久蔵。日頃の最近では、ちょろちょろっという軽快な身動きを何とかこなせるようにもなってた仔猫のはずが。今は、何とも慎重な足取りをしているのでと。

 『? 久蔵?』

 どうしたの?と身を延ばして見やってやれば、

 『みゃあみゅ。』

 胸の前へと大切そうに掲げた小さな皿には、黄粉
(きなこ)をまぶした小ぶりの餅が乗っており。焼いたようでもなし、そうかと言って煮たようにしっとりと濡れてもなし。香ばしいいい匂いはするのだけれど、どういう火の通しようをしたものかが、一見しただけでは判らなかったキュウゾウくんで……。


  『? 揚げ餅って何だ?』


 カンナ村に食用油がない訳じゃあない。ただ、近隣に作っている土地がないせいで、なかなか手に入りにくい希少なものであり。食生活上、絶対にどうしても要るという加熱法でもなしということで、まだまだ子供なキュウゾウくん、お料理担当のシチロージさんのお手伝いもこなす方だのに、揚げるという調理法にはまだ接したことがなかったらしい。かりかりサクサク、小気味よく歯の立つ食感を、面白いし美味しいと評した坊やへ、

  ―― それじゃあ、お餅のお礼は揚げ物としましょう、と。

 軽やかな物腰にてキッチンへと立って行った七郎次であり。

 『???』

 何が何やら判らぬまんま、それでも…にっこりと微笑った七郎次のお顔は、お家で自分へと微笑いかける、シチのお顔と瓜二つだったものだから。

 『お、俺、手伝ってくる。////////』

 これも刷り込みというものか、キュウゾウくんもその後へと続く。どうしてもと言い張るものだからと託されたのが、根野菜の皮をビューラーで剥くの。珍しい刃物での作業に挑戦しておれば。先に準備の整ったものからと、揚げにかかった七郎次だったのが、冒頭のしゅわしゅわしゅわの正体で。

  ………あああ、なんて長い前振りだったやら。
(苦笑)

 何とも過激なしゅわしゅわ・じゅううという物音に加えて、時折 ぱちんぴちりと弾ける音もするの、

 「…っ。」

 それこそが猫であることの由縁、敏感な感応がいちいち拾ってしまうようであり。危険で攻性の高い物音として察知してしまうからか、当人は単なる棒立ちになっているだけなものの、お耳や尻尾が、しきりと ひょくひょくひくひく落ち着きなく揺れていて。大きめの じゅんっとか、ぱちっとかいう音が立つと、それへと比例し大きくびくりと震えるのが、何とも判りやすい警戒っぷり。

 「あのなあのな、
  鍛冶屋のおじさんトコで、金物を作るの見たことがあるんだけど。」

 お侍の刀ではなく、農具の耡や鍬や、建具用の鎹
(かすがい)などを作る鍛冶屋さん。真っ赤に焼いた鋼を打って打って、それをお水へ差し入れるときの音のようだと。なかなかの観察眼を披露してくれたお利口さんな坊や。それも火を通す調理なら、子供は寄ってはならないことだとの飲み込みもよく、

 “向こうのシチロージさんは、
  さぞかし きちんきちんとしたお人なんだろうな。”

 根のしっかと据わった躾けが何とも立派に行き届いており。口で言われたというより、見て覚えたものだと思わす、繊細で優しい気遣いなのがまた、それはそれは懐ろ豊かなお人に、いい子いい子と愛されて育った坊やだと知らしめる。とはいえ、

 「…落ち着けないのだろ?」

 それこそ猫としての大切な素養なのだ、過敏なのは悪いことじゃあない。なので、

 「ここからは私でないと手も出せないのだし。」

 それよりも、戸口のところでしきりと“にゃおうみゃおう”と甘えるように鳴いている、ウチのおチビさんのお相手をしてくれないかしらと。七郎次がそのきれいな白い手が延べた先を肩越しに見やれば、

 「久蔵。」

 何とか勘兵衛があやしていたの、とうとうそれを振り切ったのだろう。こちらのお宅の小さな久蔵が、そこからは入っちゃいけないと言われているキッチン前に立ち、結界でも張ってあるかのように入れないのをギリギリ守ってのその結果か、それでもうんうんという懸命な爪先立ちになり、大好きなお兄ちゃんをしきりと呼んでいる。

 「ね? あのままだと、久蔵もこっちへ転がり込んでしまいかねない。」

 こちらのお宅のそれが決まりごとなの、このまんまでは破ってしまいかねないと。困ったようなお顔を作って見せれば、

 「えと…うん。判った。」

 こくりと頷いたキュウゾウくん、きれいに剥き終えていたさつまいもを七郎次に手渡すと、

 「久蔵、あっち行って遊ぼうな?」
 「にゃん♪」

 そりゃあ面倒見のいいお兄さんになってしまうのがまた、

 「〜〜〜〜〜〜っ。/////////」

 おやおや、七郎次さん。向こうの坊やにまで“惚れてまうやろ”でしょうか。
(笑)


  ―― そんなこんなを挟んでの幾刻か。


 小さな久蔵と二人、広々としたリビングの陽だまりにて、ぜんまい仕掛けのネズミを追っかけ合ったり、勘兵衛が転がしてくれる竹輪っぱに鈴の入った変わり手鞠を、追っかけたり鼻先でつついてお手玉したりする遊びに興じておれば。

 「…あ。」

 ほわりと漂うは、香ばしくて甘い、何とも美味しそうな匂いがひとしきり。その匂いとともにスリッパの足音がして、

 「まだちょっとかかりますので。」

 冷めてしまわぬうちにどうぞと運ばれたのは、レンコンやサツマイモ、サヤインゲンにタマネギの輪切り、ナスに舞茸、カボチャといった、野菜を揚げた第一陣。大皿に盛られたそれらをでんと、炬燵の天板の上へと置けば、

 「にゃあ。」

 加熱されてのおイモの甘い匂いが誘ったか。小さな久蔵、ぱたた…と駆けてゆき、何とも無造作に小さなお手々を延ばしたものだから、

 「わっ!」×3

 各々が各々で まだ熱いぞ、熱いのに、火傷をするよと、驚きのお声を上げたところまではお揃いだったものの、

  小さな手をはっしと捕まえる者、
  腰回りをぎゅむと抱きとめた者、
  皿のほうを遠ざけた者…と。

 三者三様の対処にお見事なまで分かれたところが、

 『あらあら、そいつは直に見たかった。』

 さぞかし見事な一幅の図となったろうにと。手振り身振りで説明したキュウゾウくんへ、カンナ村の側の保護者のお二人が、楽しそうに苦笑をなさったのは、またのちのお話であったとか。
(笑)


  何はともあれ、
  熱々
(あつあつ)なので気をつけて食べてネvv





      ◇◇◇



 揚げたての野菜が冷める間もなくの第2陣は、エビやイカ、キスにタラに、チクワにささみ。それからそれから、木更津の伯父様から頂いていた、白身魚のすり身へと、刻んだゴボウやショウガを捏ね入れ、調味をしてから平たく延ばしてじんわり揚げた平天も取り混ぜた、おせちで言うなら、お魚お肉の二の重というところかと。海が近くにある訳でもないのに、エビや白身のタラが膳へひょいと出て来たのがまた、

 『??』

 キュウゾウくんにはよく判らない手妻のようにも思えたらしいが、

 『この辺りでは残念なことに、
  とれたての食べ物がそうそう手に入らぬのでな。』

 なので、手に入った端から、後の日のために取って置けるよう、凍らせておく仕掛けが発達しているのだと、勘兵衛が簡単に説明をしてやれば、

 「そっか。」

 この辺は、石の道や建物ばかりの街なかで、畑や狩り場の山に川、そういったものが見渡す限りのどこにもないというのへは、とうに気づいていたようで。それでは仕方がないなと納得し、子供用のお箸を上手に操ると、淡いキツネ色に揚がったエビへ、パクリさくさくと齧りつく。

 「…っ、美味しいっ。」
 「ああ、よかった。お口に合いましたか。」
 「うんっ、カボチャも美味しかったけど、こっちも美味しいっ。」

 ほくほくと嬉しそうにほころぶお顔こそ、作り手への大御馳走。すぐお隣りでは当家の仔猫さんも、大好物の練り団子を手に“にゃは〜っ”と幸せそうに笑っており、

 「〜〜〜〜〜〜っ。/////////」
 「七郎次、胸一杯なのは判るが、箸を持ったままは危ないから降ろせ。」

  ……今年も延長が確定らしいです、惚れてまうやろ。
(大笑)





 昼餉には遅いめ、おやつには少し早いめというお食事を終え、御馳走様でしたとお行儀よく手を合わせたキュウゾウくん。新年早々、まだ帰宅してもいないうちから、当家を訪のうていたらしい彼だったのはどうしてかと言えば、を。やっとのことで語ってくれて。

 「あのな、根雪が降り出したら、
  こっちへ来られなくなるかも知れなくて。」

 年の瀬から元旦にかけて、そりゃあ冷え込んだのはカンナ村も同じだったようで。元旦の夕暮れどきには、この冬最初の雪が舞った。おちびさんたちだけが行き来出来る秘密の通路、キュウゾウくんが住まうカンナ村の側の入り口は、村から少しほど離れた鎮守の森の中にあるのだそうで。雪が深々と降り積もると、さすがに気安くは出掛けてもゆけぬ。なので、本降りになる前にもう一度逢っておきたくてと、ついつい気が急いていたキュウゾウくんだったらしい。そんな説明の途中から、

 「みゃあぁあ。」

 逢えなくなるだの来れなくなるだのという言い回しが、小さな坊やへと不安を招いたか。こちらの久蔵が、立って行っての間近へ寄ると、もみじのような小さなお手々でまとわりついて、みゅうみゅうにゃうと鳴きながらぐずったのへと、

 「うん。俺も久蔵に逢えなくなるのは凄っごく寂しい。」

 でもな、だから久蔵も守れな? こっちでは降ってなくたって、向こうじゃ凄んごい積もってるかもしれない。それなのに扉をくぐって来ちゃったら、

 「向こうの鎮守の森で迷子になるかもしんないだろ?」
 「あ…っ。」

 そうか、それも案じねばならぬことだと、今になってやっと、雪に覆われた向こうの世界の危険を悟ったらしい七郎次が、ついというそれだろう、短い声を上げており。久蔵にはまだ少々意味が通じていないらしいが、はっとした七郎次のお声や、勘兵衛もまた腕を組んでの厳しいお顔になっているのへは、さすがに何かしら感じ入ったようでもあって。

 「にゅうぅ、みゅ?」

 不安げなお顔で、聞き返したらしい幼子へ、

 「うん。向こうの祠から見えたお外が、雪で真っ白になってたら。
  そのまま、こっちへ引き返すんだよ?」

 いいかい、久蔵? これは絶対に守らないといけない約束だからね、と。小さなお手々を降ろさせ、自分の手で包み込んでやり、懇々と諭すキュウゾウくんであり。

 「もしも無理して里まで来れたって、
  俺、約束を守れない久蔵とはそのまま絶交しちゃうから。」

 「みゃう〜〜〜っ。」

 途端に、いやいやとかぶりを振った久蔵坊やの、お声の切なげな響きを聞いただけで心がグラグラしかかる自分と違い。まだまだこんなにも幼い坊やなのに、真摯な眼差しが揺るがないキュウゾウくんの強さに、

 “……偉いもんですよね、何から何まで。”

 愛しい我が子には何だってしてやりたいと、ついつい手を延べてやって、甘やかしてしまう自分だが。それではいけない場合も多々あるのだよと、勘兵衛から苦笑混じりに諭されても聞き分けられなんだ理屈、こんな小さなお子様、いやいや、お兄ちゃん坊やの態度や物言いから感じ入ることとなろうとは。

 “今年の目標は、ちゃんとした躾けに厳しい母になること、だな。”

 うんうんと、感慨深げに頷くシチさんへ。突っ込みどころ満載だぞと、誰か言ってやって、言ってやってよもうもうもう。
(笑)





   〜Fine〜  10.01.09.


  *仔猫と島田さんたちからの“今年もよろしく…”の第一話。
   いつもちびと遊んでくれている藍羽さんチのキュウゾウくんへは、
   お炬燵や天ぷらの初体験を、お年玉とさせていただきました。
   平天や練り揚げは型くずれしませんので、お土産にねvv
   練りものを揚げたのも、
   土地によってはテンプラと呼ぶそうですね。
   母が佐賀の人なので、
   九州では“さつま揚げ”と呼ぶのは知ってましたが、
   テンプラじゃあややこしくないかい?と、
   不思議だなぁと思ったものです。

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